DAY 4: AMSTERDAM (reprise)

Cannabis Culture in Amsterdam: Coffee Shop Crawl

僕は、市内から30分ほど郊外にある広大な公園の中にある滞在先の風車小屋から、アムステルダム中央駅に向かうトラムバスの中で、この文章を書いていた。もう2年も前のことになるけど、その時目の前を流れた風景を、ハッキリと覚えている。

くすんだ空の底に沈んだ煉瓦色の建物と、その壁面をカラフルに彩るグラフィティ。文章を書いては消し、その合間に窓の外をぼんやりと眺めると、トラムの程よいスピードが色彩を空気に溶かし、目には見えない絵筆がサイケデリックな流動体を街に流し込む。そしてネオン。100年以上はそこに存在し続けた、その事実だけで宗教的にさえも見える建物のファサードを縁取るネオン。アムステルダムの歴史ある街並み、またそれを継承しつつ、そこに留まらずさらに現代の時間軸でアップデートしていくこの街の繊細なラディカリズムは、僕が今まで見てきた沢山の都市の中でも、類をみないものだ。

「告白しよう」今はもう当時のデータを完全に消去してしまったけど、その時、そうやってスマホのキーボードをフリックしたことまで覚えている。どうってことない告白だし、僕をよく知っている人は、レポートがアムスで途絶えるのを見て、「やっぱり」と言うぐらい明らかなんだけど、僕は、それでも長い間この告白をどうしようか悩み続けていた。もちろん、僕は、自分のしたことが日本では違法であることも、この国では、未だ多くの人がその行為を人間を堕落させる最悪の犯罪の一つであるように捉えているのも知っている。

でも、だって、アムスだよ。
そりゃ、一服しにいかないわけにはいかないでしょう。社会のあらゆる点で合理的なオランダでは、大麻のように害の少ないドラッグは禁止せず、ある一定のルールで合法的に楽しめるようになっている。アムステムダムに多くの人を引き寄せるものの一つに、誰でも簡単に大麻を購入して、店内で楽しめる「コーヒーショップ」があることを否定することは出来ないだろう。(大麻の解禁は世界的な潮流で、特に最近着々と合法化が進むアメリカでは、大麻は21世紀の新産業だと捉える人が多い。なにしろ、2017年10月のデータによると大麻解禁を支持する人は全体の64%にものぼっているという。逆に、酒、タバコといった現状認められている合法ドラッグに対する規制や税は、どんどん重くなっている。実際にフィリップモリスやバドワイザーと言った巨大企業が、「大麻を本格展開する企業の体制づくりに労力を割いて」いる)

もちろん、それが唯一の目的ではないけれど、レンブラントの時代に建てられた風車小屋を満たす穏やかな空気にアムスはじめての夜の身を任せた後は、これからの旅を思いつつ歴史ある街を散策し、人々と刺激的な会話を交わし、音楽とデザインの街に遊びたい。そんな旅人にとってコーヒーショップは、アムスで訪れるべき場所の一つであることは間違いないはずだ。

以前からブログを読んでいてくれた人には、その結果はご存知の通りかもしれない。それは、いくつかのまぁまぁイカれた投稿を残して、続きをどう書いていいか分からず2年以上も放置してしまうぐらいの素晴らしい夜だった。

この夜、僕はこのプロジェクトの成功を確信した。スゲー、楽しい!!数百円で買ったドラゴンボールの星入りのスーパーボールが、人種も国籍も違う他人同士を結びつける。まるで小さい頃一緒にアニメを見ていた友達が再会したみたいに。日本ではどこでも売ってるスナック菓子をもらいに、次々に人が話しかけてくる。(本当は売らなければならないことを、この時点で僕はすっかり忘れていた)。僕に興味を持って、日本のことを聞いて、オランダのことを教えてくれる。新しい会話が生まれる。素晴らしいことがみんなで起こせそうな、そんな予感がする。まぁ、確かに、みんなラリっていたからだとも言えるんだけど。

僕が行ったのは、あらかじめ検索して目星を付けておいた人気コーヒーショップの中でも、そのフレンドリーな雰囲気が地元人と旅人の両方から高い評価を受けているという店だ。もちろん、大麻の品質も最高だという。僕はもともとバーに飲みに行ったりするタイプではないのだけど、海外で一人旅をするようになって、その楽しさを知った。文章を読めばバレバレかもしれないけど、かなり自意識過剰なタイプなので、呼ばれたわけでものないのに、一人でのこのこと、自分以外のみんなが楽しそうにしているところに行く、というのが考えられなかったのだ。

海外のバーがいいのは、そこが一人で行くこと、というか一人でいることが完全に許容されている場所だということだ。いや、たぶん日本でもそうなのだろうけど、何か違う。たぶん、個人と個人の距離感というか、他人に期待する立ち振る舞いのレベルが違うのだろう。ここで文化比較を始めるつもりはないので先に進むと、僕は旅先では、一人でバーにふらりと入って、知らない人に話しかけたり、話しかけられたり、または最後まで一人の夜を過ごすことを楽しむことができるようになった。酒の代わり大麻を提供するバーに行くのは初めてだけど、知覚を変容させる異物を体内に取り入れ、自分の判断力を鈍らせ、同時に普段は使わない脳の一部を活性化させる点では、やることは変わりない。人は認めたがらないけど、酒だってドラッグの1つだ。とにかく、コーヒーショップであろうと、バーであろうと、わざわざ少しバカになって他人と時間を楽しく共有するための場所であるという意味では、同じだろう。

店のドアを開ける時はだいぶ緊張したけど、中は普通に居心地の良い、しゃれたバーそのものだった。もっと騒々しい店内を想像していたけれど、バーと言うよりは、コーヒーショップという名の通りカフェに近いものなのかもしれない。店内にはオランダらしい粒立ちのチル感抜群なテクノミュージックが流れ、暖色系のビンテージな照明が煙でとろりとなった空気を心地良いカラーに染める。そこには、単にリラックスして音楽に耳を傾けたり、静かに会話をしたり、思い思いのやり方で、いかにも快適に時間を過ごす人たちが集っていた。

僕はバーテン?の勧めに従い、店内で楽しめるようあらかじめ巻たばこ状になっているジョイントを購入して、窓際のテーブル席に移動した。大きめのテーブルには、互いにちょうどいい距離感を保ちながら、数人の先客が煙をくゆらせていた。僕は隣の席にいた女性の唇から天井に向けて立ち上った煙が、ゆっくりと対流する空気に拡散するのを眺めてから、視線をゆっくりと彼女に落とし、目が合ったところでライターを貸して欲しいと話しかけた。残念ながら彼女との会話はそれ以上進まず、彼女は「ライターは取って置いて」と僕の耳元にささやいてから店を去っていった。

その瞬間、僕は突然気が付いた。自分の肉体がたった一人、地球上のどこか知らない場所で、窓の外の知らない風景を眺めているのと同時に、僕の精神そのものは永遠とも思える時間、どこかに消えていたことを。消え去った精神が、空のまま、窓の外を眺めている自分を知覚していたことを。僕は時計を見て、まだ10分もそこにいないことに新鮮な驚きを覚えた。耳の中では、彼女のほとんど官能的な響きがいつまでも尾を引いていた。

そうだ。僕は彼女のライターをずっと握ったままだった。

どれくらい立ってからだろう。その日の時間の感覚は歪み、もうさっぱり分からない。店内がにわかに混み出し、僕の隣にはいかにもフレンドリーな雰囲気の3人組が、なにやら楽しそうに話しながらやってきた。僕は直感的に、彼らが僕のプロジェクトの、最初の協力者だと分かった。彼らがやってきて、軽く挨拶してくれただけで、僕はうれしくてしょうがなくて、思わず笑みがこぼれた。彼らも、そんな僕の態度に好感をもってくれて、僕たちはすぐに仲良くなった。僕が借りパクしてしまったライターは、会話を始めるいいきっかけになってくれた。すぐに会話は互いに何をやっているかの話になり、僕のプロジェクトは彼らをすっかり興奮させた。僕の持ってきたおみやげは、彼らだけでなく、周りにいた客にも大好評だった。

この夜撮ったブレブレの写真は、今眺めても僕に勇気を与えてくれる宝物だ。ベルギーからレコード漁りにやってきたDJのIssa(この後彼とはすでに2回再会している)と妹の Maiga、その彼氏のArnordと別れ、もうどっちの方向からどうやって歩いたのかも定かでない深夜の旧市街。印象派の絵画のフィルターがかかった光がユラユラ揺れる運河沿いの小道。僕は、このカメラだけは何があっても守らなければ、と思った。僕がやりたかったことが現実にできる、証拠が写っている(ここまで酷い写真だらけだとは、その時は夢にも思っていなかった)。

自分で想像していた以上の量の大麻を大勢に振舞われ、完全に酩酊した僕の頭の中では、自分はスパイ映画の主人公だった。機密の入ったアタッシュケースを運ぶように、出来るだけさりげなく、同時に細心の注意を払いながら、僕はアニメグッズと残り物のスナック菓子、そして「証拠」の詰まったカメラが入ったメッセンジャーバッグを風車小屋に持ち帰った。真夜中を過ぎて、未だたえることのない人混みを縫って。

ミッションコンプリート。まだ何もできていないのに、もう全てうまくいったような気持ちで、僕は幸せな眠りについた。

Photo: Cannabis Culture in Amsterdam: Coffee Shop Crawl (modified)