DAY13:PARIS〜何も変わらない朝、歯磨きを売ろうと決める
こんな朝早くから、健康に関心の高いパリッ子はセーヌの川岸をジョギングしている。停泊するハウスボートの住人は、鼻歌を歌いながらデッキに飾られた花に水をやっている。メトロに乗って、観光客たちがエッフェル塔にやってくる。街角のパン屋では、イスラム系の男がカウンターから身を乗り出して通勤途中のビジネスマンにコーヒーとブリオッシュを渡している。昨夜起きたパリ同時多発テロは、たぶんほとんどの人の日常を変えることはなかったのだと思う。悲しいことに、または、ちょっと言いにくいことだけど、ある意味喜ばしいことに。もちろん、犠牲者になった人や、家族のことを思うと、僕だって苦しくなる。ただ、その想像力は、日本にいる時のそれを大きく超えることがない。僕は、日本にいる友人が書いたfacebookのメッセージやコメントで事件の速報を知る。もはや物理的な距離は、自我と現実との距離にそれほど大きな意味をなさない。僕たちが情報だけを消費しているのであれば。
意味があるのは、僕が旅で出会った人たちだ。僕が今、ここにいることだ。言葉にすると本当につまらない、でも大きな実感だ。例えば僕が今朝パン屋で買ったパンの味だ。似たようなパンはいくらでも日本にあるけど、小麦の風味だったり、バターの味だったり、ちょっとした焼き加減だったり、今ここでこのパンを食べているんだなぁという実感だったり、何から何までが分子レベルでほんの少しずつ違って、どうしてもこんなに美味しいパンにはならないのだ。僕はそんな例を五万と知っている。よく、旅に出るから。旅で新しい経験に出会うのが好きだから。そして、僕たちはそれを情報として消費していることを知っている。それを意識せずに。そんな顔を少しも見せずに、全てが循環している。
だけど、なのか、だから、なのか、いくらネットが世の中を便利にして、どんなに遠くのものでも手に入るようにしたとはいえ、まだまだ僕にとっては世の中の欲しいもののほとんどが手に入らないのだ。「欲しいものなんて特にない。」僕がこのサイトをやろうとしてから、どれだけそんなセリフを聞いただろうか。世界のことを何も知らない人に限って、そうやって簡単に口にする。誤解をしないで欲しい。世界を知っているかどうかなんて、どうでもいいことなのだ。僕は彼らにもまた、もっと別の素晴らしい世界があることを知っていて、尊重している。決してそのセリフを言った人のことをバカにしたりはしない。でも、欲しい人は、たくさんいるのだ。欲しくても、手に入らない人は。
僕のトラベルノートに欲しいものを書いてくれた人たちは、本当に見事にそれぞれユニークでバラバラなものを書いてくれた。それだけ、皆それぞれ違うものが欲しいってことだ。でも、その中で2つだけ、3人の人が欲しいと言ったものがある。それが何か、次の文章に移るまでの一瞬だけでいいから想像してみて欲しい。ひとつは、各国のミックススパイス、もう一つは、歯磨き粉だ。ミックススパイスが想像できた人はいても、歯磨き粉を当てられたひとはいただろうか。人は、何だかよく分からないものを欲しがるものだ。
なんて書いているけど、僕もこの気持ちはよく分かる。20代の始め1年の交換留学から日本に戻ってしばらくの間、僕がアメリカからのおみやげに欲しがっていたのはColgateという歯磨きとTideという洗剤だ。洗剤の香りがアメリカの服を扱う古着屋や、セレクトショップで人気になって、日本でもファンが急増したから、Tideの香りを嗅いだことがある人は多いだろう。こういう日常的な香りは、一度それにさらされて生きると他の香りにどこか落ち着かなくなったりするのだ。今でこそTideなんてその辺の薬局でも手に入ったりするけど、一部のアンテナが高い人が使い始めたものが一般に浸透するのに10年かかることなんてざらだ。全てのスピードが速くなった現在でも、世界中で常にアップデートされ続けている優れた商品が、経済学的な「合理的な人間」の手元に届くようになるまで、どれくらいのコストと時間がかかるか想像してみて欲しい。
だから、自分でも何て結論なんだろう、って意外な自分の商魂たくましさにビックリしているのだけど、僕は各国の歯磨き粉をショップで取り扱おうと考えています。後で、これから訪れる国の歯磨き粉を画像も商品名もナシに登録します。商品はとりあえず全て500円にしますので、欲しい人は先行して購入手続きをしてください。注文があった分だけ買って回ります。イギリスとオランダは残念ながら通過しちゃったので、ナシです。ゴメンナサイ。