DAY7:LIEGE TO TRIER〜bla bla carで置き去りにされる
昨日は本当に大変な一日だった。何もかもがガッチリうまくハマって、全てのパズルのピースが合わさったと思ったところにこそ落とし穴がある。
bla bla carを僕に教えてくれたのは、アムスで出会ったベルギーの学生、Issaだった。そう言えば以前、ヨーロッパで人気だと言うライドシェアサービスのことは聞いたことがあった。このサービスは、簡単に言えば、指定した地点を通って目的地までいく車をネットで探してヒッチハイクするサービスだ。早速検索すると、僕がまさに希望する日に、Issaが勧めてくれたLiege近辺を通って次の目的地であるTrierまで行く車を1台見つけることができた。
運転手の評価も高かったし、電車で50ユーロする道のりを、7ユーロで連れていってくれると言う。サイトがどんな仕組みかも知りたかったし、これ以上ない条件だと思ってドライバーに連絡してみた。すぐにいい返事がもらえたので、僕は自分がなんてラッキーなんだと嬉しくなった。何だか、世界が僕を自動的にステキな場所からステキな場所へ運んでくれているみたいだった。
Liegeの近郊に住むIssaと彼のガールフレンドとは、Liegeのセントラルステーション駅で待ち合わせた。再会してすぐその足で、僕たちは昼間からやっているバーに向かった。不気味なオブジェがここかしこに埋め込まれた、悪夢の中に立っていそうな怪しげなバーで、彼が一番好きだというベルギービール(実はオランダのビールだと後で発覚したけど、細かいことは気にしない。とにかくムチャクチャ美味いビールだった)を飲みながら、二人に街でやることのリストを作ってもらった。二人はこの後共通の友達の誕生日パーティーに出席するため、ここで別れなければならなかった。でも彼らのリストは分かりやすく、それほど多くのものがあった訳ではないので、僕は今日の運転手が街の近くを通る時間までに、そのリストを全て達成しようと考えた。
まず最初に向かったのは、街を一望できる小高い丘にある展望台だ。いかにもヨーロッパらしい、石畳の道と階段を上がって20分ほどの場所にある。時間はちょうど夕暮れ時で、オレンジに染まる川沿いの街を撮影しに、何人ものカメラマンが集まっていた。
きっとヨーロッパには、もっと美しい街が数多くあるのだろうけど、僕にとっては今目の前に広がる暖かく素朴な街並みが、間違い無くヨーロッパいちの絶景だった。僕はこの風景を見るためにここに来たのかもしれないとさえ思えた。ゆっくりと落ちていく日の光と影にあわせて、街がその形を変えていった。 まるで、じっくりと時間をかけて街全体が夜の闇に溶け込む準備をしているようだった。
そろそろいい時間になったので、僕は二人が勧めてくれたレストランに向かうことにした。残念ながらレストランは休みだったけど、少なくともリストのうちの二つを順調に回ることができたのに、僕はすっかり満足していた。僕はお金を節約するためにも食事は極力質素にいていたので、街で一番だというしゃれたレストランはちょっとやり過ぎな気もしていた。
それよりも、一年でも今の時期だけ、ちょうど一昨日から始まったという移動遊園地の屋台に並ぶ、甘いオレンジソースがたっぷりかかったワッフルというのが気になった。二人は英語がそこまで上手くないので、その正確な場所は分からなかったけど、さっきの展望台から見ておおよその位置は見当がついていた。まあ運が良ければ巡り会えるだろう、ぐらいの気持ちだったけど、適当に飛びのったバスがちょうど会場の目の前を通り、僕は全てのミッションを達成することができた。ワッフルは心配していたほど甘くなくて、むしろ煮詰めたオレンジの香りと甘さが、疲れた身体に優しかった。展望台から見た優しく落ち着いた街に、こんなカオティックなカーニバルがあることに、僕は感動を覚えた。オランダもそうだったけど、ヨーロッパは、伝統的な街角に、現代的な要素をブレンドすることに長けていると思う。時にはモダンに、時にはカオティックに。
こんな風に何もかもがうまく行くと、僕は逆に不安になる。この先何か良くないことが待ち受けているのではないか、この順調さは嵐の前の静けさなのではないか、少し嫌な予感が頭をよぎり始めた。僕はちょっと前から、今晩僕をピックアップしてくれるはずのドライバーから、待ち合わせ場所や時間に関して未だ何の返事もないことが気になっていた。
ドライバーの最初の返事は心強い感じだったし、bla bla carの利用が初めてなので何か問題があったらすぐに連絡してくれと頼んであったので、ただ出発前の忙しさで連絡出来ないでいるだけだろうと信じこんでいた。それでも、ピックアップ時刻の1時間前になっても何の連絡もないのはさすがにおかしい。僕はまた、最悪のケースに、どこで夜を過ごすか、したくない心配をすることになった。
出来ればIssa達に頼むことは最後の手段にしたい。二人は忙しい日にわざわざ時間を作って、僕のために街まで会いに来てくれたのだ。もう、十分良くしてもらっている。僕はwifiのあるカフェから近くのAirbnbを探すことにきめた。そして、その時ちょうど、ずっと留守電になっていたドライバーと連絡がつき、行き違いから彼がすでにドイツの国境まで行ってしまったことを知った。
ある程度の覚悟は決まっていたのだけど、いざこの街で一晩過ごさないとならないことが確実になると、どうしても弱気になってしまう。何より、坂道を登ったり降りたりしてかいた汗がヨーロッパの夜風にあたり、少し身体の調子が良くない。宿泊日もあと1時間しかないこのタイミングで、宿が取れなかったとしたら、僕はセントラルステーションのベンチで夜を明かすことになる。
カフェの店員もそろそろ僕の長居が気になり始めているようで、さっきからちらちらとこちらを伺っている。しょうがないのであと一杯コーヒーでも頼もうかと思ったその時、Issaからのメッセージが届いた。あまりに完璧なタイミングだったので、もう旅の恥は書き捨てで、彼の家に一晩だけ泊めてもらえないか頼むことにした。
旅先で出会う人の親切ほど有難いものはない。果たして僕はIssaのアパートに転がりこみ、無事に今Trier行きの列車からこの文章を書いている。ヨーロッパの列車は最高だ。森と木々、どこまでも広がる平原、ここでどんな人がどんな生活を送っているのか、僕の想像力を掻き立てる小さな村、決して日本では見ることが出来ない風景。出発前にいろいろな人から聞いていた通りだった。
僕は本当にラッキーだ。